2006年度秋・裏研
摩擦駆動に関する考察
キーワード:動摩擦、静止摩擦、モード切替、
2006/10/10
梶本裕之
kajimoto@hc.uec.ac.jp
ある長さの棒を等しい長さの2本の棒に切り分けたいという場面は日常生活の中で頻繁にあります (図 1)。例えば弁当の箸を忘れて、一本の角材から箸を自分で作らなければならない時などです。
図 1 棒を真中で切るには?
一本の棒を2本に切り分けるための賢い方法はあるでしょうか?よく知られた方法があります(図 2)。まず左右両手の人差し指の上に棒を渡します。指を互いにゆっくりと近づけると、棒を落とすことなく、両指を棒の重心で出会わせることが出来ます。この現象は非常にロバストで、棒が均一な重さでなくても、摩擦係数にばらつきがあってもうまく働きます。
図 2 重心を求める。棒とハンマーの場合[ムービー(5MB)]
少し考えると、この操作には巧妙な摩擦駆動機構が潜んでいることが分かります。
まず指の動きが非常に低速と仮定すると、微妙な摩擦の違いから片方の指のみ動き始めます。するとその指は「動摩擦」、もう片方の指は「静止摩擦」の状態となり、動摩擦の方が静止摩擦よりも小さいことから、動き出した指がしばらく動き続けることになります。
動いている指は棒の重心に近づいていくので、棒の重量の大部分が動いている指にかかることになります。逆に動いていない指にかかる重量は軽くなっていき、あるところで「動いていない指の静止摩擦」<「動いている指の動摩擦」となります。この瞬間、動いていなかった指の方が動き始め、動いていた指がとまります。つまり役割が逆転します。
2本の指が中央に達するまでにこのモード切替が何度も発生します。実際によく観察すると、ゆっくりと動かす場合は常に一本の指しか滑っていません。そして指の距離が近づくにつれてモード切替の頻度が高くなっていきます。
摩擦にばらつきがあっても特に問題は生じません。この現象の本質は、それぞれの指において静止摩擦係数と動摩擦係数に差があることのみであって、摩擦係数の物理的な値や、二本の指の摩擦係数が等しいことではないからです。摩擦係数の値そのものが効いてくるのは2本の指の高さの差から棒が滑り落ちる可能性がある場合程度です。
図 3 重心探索の原理。2本の指が交互に動摩擦状態となる
さて、この現象はよく知られていますが、拡張を考えることが出来ます。1次元の棒の重心を2本の指で見つけられるなら、2次元平面の重心を3本の指で見つけられるはずです。これを実際にやったものを(私が)見たことが無いので、今回の一日研究の課題としました。
作成した装置を図 4に示します。たまたま手元にRCサーボモータが3つあったのでそれを使っています。モータの腕に指の役割を果たすステンレス線を立ててあります。ステンレス線は垂直ではなく多少斜めに立てており、モータが回転すると3本の線の先端が中心で一致するよう位置あわせしました。
図 4 RCサーボモータを使った3本指型平面重心探索装置
実際のテストの様子を図 5に示します。載せた物は下敷き、分度器、名刺、缶です。うまく行ったかどうかはビデオでご判断ください。
簡便のため回転運動を使ったため、ゴール付近で指が重心方向にまっすぐ向かわなくなっています。またステンレス線のばね性が強く、大きなスティックスリップを生じる問題もあります。高い剛性の直動機構を精度よく作ればより良い結果が得られるでしょう。
図 5 重心探索の様子[ムービー(22MB)]
本考察は電気通信大学松野研・稲見研合宿発表のために用意した一日研究の結果です。謹んでお礼申し上げます。